アントン・マクロイ

本当に多くの人々が、オリンピックやスーパーボールに注目すること、2008年のタイラー基金のイベントで、クリケットの偉大な選手であるデニス・リーやロッド・マーシュに会えるというだけでみんな興奮してしまうということに言及するだけで、スポーツは私たちをつなげるものであるとわかるでしょう。クリケットの大ファンとして、私たちのスターボランティア、アントン・マクロイは、若いころからクリケットの試合に参加してきました。「私の出身地では夏にはクリケットをして、冬にはラグビーをするというのは、選択の余地もないことでした。」 このクリケットという素晴らしい繋がりによって、マークとキムとの長い友情が始まったのです。 アントンは「マークたちに会ったのはずいぶん昔でした。時間があるときに私は審判をしていて、その時マークはLBW法(ボーリングがバッティングか)について全く理解できていなくて、それでつっ立っていました。[注:LBAはLeg Before Wicketの略で、これはクリケットの中で最も主観的な形でバッツマンを退場させるため、試合の後や時には試合中に激しく議論される] そして、キムはクリケットについて全く知らないにもかかわらず、クリケットの試合のスコアを数えることができたので、目立っていたのです。

アントンは皆に「ただやってみてごらん」と勧めています。彼は、タイラー基金ボランティアをすることについて、「自分の時間とエネルギーでなにかとてもよいことが起こるのを見るのが待ち切れない」と言っています。アントンは、スポーツエクストラバガンザ2006のフィナーレである、最初のチャリティークリケット試合から、タイラー基金に関わっています。彼はその試合を、彼の地元である富士市で行いました。このニュージーランド出身のアントンは、「クリケット試合を行うハードな日に、私たち、クリケット選手たちと、ボランティアはみな素晴らしかった」と話しました。 アントンは「タイラーを称え、そして資金をいくらか集めて、タイラーの病院に託すか、タイラーが素晴らしいケアを受けられたことに感謝を示すためにどこか適切なところに募金するために」利益を集めるという最初の始まりのところにいたのです。「私個人としてはその時、こんなに短期間の間に、このような素晴らしいプログラムが始まり、素晴らしい計画が軌道に乗り、私たちが今いるようなところに到達するとは全く想像していませんでした。 2006年のイベントからずっと、アントンはタイラー基金と共に働き続けてくれています。彼は、すべての大がかりなファンドレイジングイベントに関して支援してくれ、また毎年のグランドラッフルを行っています。これらのたくさんのボランティア経験から、アントンが次のように言うのは驚くことではありません。「タイラー基金は私が与える以上のものを与えてくれました。自分について多くを学び、例えば自分ができること、自分があまりうまくやれないことがたくさんあることもわかりました!また、自分の日常からとても離れたところにある様々な状況にある人とどのように関わっていくかを学びました。一番の楽しみは、新しく人々、友達と出会うことで、中心メンバーも、たくさんの支援者たちも、とてもよい人ばかりでした。」

アントンは小さな英語学校を、妻のともこさんと一緒に運営しています。夫妻は、3歳のジェシカさんという娘さんがおり、もう一人が3月に誕生予定です!1996年に日本に来て、1年間、アイルランドのためにお金をためているのですが、全く貯まりません。アントンは、全く“シティーボーイ”ではないのですが、タイラー基金の会議のために東京に来て、新しい友人や、古くからの友達と友情を温めるのを楽しみにしています。「ですから、マークとキムを助けるために、そしてタイラーチームをが、今まで築きあげてきた成功を助けるために、私ができるときにできることを続けることができたらいいなと考えています。それは素晴らしいものでしたし、これからもっと良くなると思います。」

アントン、私たちもあなたが今までやってきたことを続けてくれたら嬉しいです。 スターボランティアになってくださってありがとう!シャイン・オン!

ロブ・キリンヴァン

ロブ・キリンヴァンはタイラー基金を当初から支援してくれています。彼の物語はこの組織の初めの小さなきらめき、喪失からの支え、それらが、ロブのようなボランティアの心のこもった、献身的な助けによって、広く行われるようになったことを伝えてくれます。彼はこう言います。「私のタイラー基金への関わりはタイラーの告別式の夜に始まりました。夜も更けたころ、マーク・マクタムニーと、アントン・マクロイに、マーク・フェリスが提案しました。彼はタイラーの追悼として、クリケットの小さなチャリティーマッチをやってみることを考えているといい、この3人でやってみるのを手伝ってくれないかと言いました。もちろん、私たちには何のためらいもありませんでした。」

ロブはオーストラリアのパースからやってきて、メリルリンチから日本に行く機会をオファーされ、それを受けた後、東京生活の始まった頃にマークとキムに出会いました。それは1997年のことでした。東京生活では、ロブと妻のアリソンは二人の娘を授かり、イギリスでの2年間の任務ではもう一人の娘を授かり、そのあともう一人の子供を授かりました。キリヴァン一家は、有楽町にある東京のレストランの一つ、「アンディーの新日の基」がお気に入りです。

ロブはその夜のアイディアを思い返して、そこには「多くの浮き沈みがありましたが、初めの年のイベントで、私たちの著名人のゲストが実際に到着したとき、私たちはみんな自分をつねってそして、安堵のため息をついていました。初めの小さなチャリティークリケットというアイディアを、もっと大きなものにしていたからです。」そして今や、「つつましやかな初めの頃を思うと、この3年半でタイラー基金が成し遂げたことを誰も想像できなかったと思います。全ての経験が私にとって途方もなく実りあるもので、とても楽しいものでもありました」

組織をはじめから立ち上げることは、くじけそうな努力が必要ですが、友達の助けによって、すべてがより楽になります。ロブが主に重視したのは、著名人のディナーオークションを調整することでした。タイラー基金の主な資金調達者として、これは多くの時間のボランティア精神を必要とします。そして、ロブはそれを、よい時間が皆にもたらされること、素晴らしい目的のために、お金を集めていることを知ることで満足を得て、楽しくやっています。彼は、「私たちのイベントで、好意的なフィードバックがもらえるのが何より嬉しい。特にそれが著名人のゲストからの場合はなおさらです。彼らはたくさんのチャリティーイベントに参加しているので、私たちのイベントがワールドクラスだといわれるのは、チーム全員にとってとても誇らしいことだと思います。そして私たちはこの著名人たちがただお世辞を言っているわけではないことは、他の著名人の友達に私たちを紹介していることから自信を持っています。」と話しています。

ロブとご家族は2009年の前半、バークレイでの新しい地位を得て、ロンドンへ転勤します。「タイラー基金に、多くのヨーロッパにいる友人との連絡窓口として関わるつもりです。」ロブはまた、東京のオーストラリア人社会との長年の関わりがあり、ゴルフとクリケットが好きです。ロブは私たちに励ましのメッセージを送ってくれました。「タイラー基金は新しいボランティアを歓迎していますし、私の経験から、参加するたくさんの機会があるといえます。また、たくさんの新しい友人を得るための素晴らしい方法でもあります。」