image

船木聡美からのメッセージ

親愛なるタイラーへ

タイラー、私はあなたにお会いしたことがないけれど、あなたが2005年6月17日に旅立ったのは、3年前になるのですね。

 私はあなたのお母さんであるキムに、2007年の初めに出会いました。キムは私と面接をして、特に母親にとって、病棟でのカウンセリングが大切だと自分が考える、と話してくれました。その時、私は別の子どもクリニックで働いていたけれど、小児がんとは遠く離れた生活を送っていました。面接も終わる頃、彼女の眼は涙で潤んでいました。キムは決して口には出さないけれど、必要とする心理士について考え、いろいろな人に説明をする度に、辛かった思いや痛みを、何度も繰り返してきたのだと思いました。そして、息子を亡くすという経験をしてもなお、前に進もうとする彼女に動かされました。キムはまた、私の応募したポジションには前例がなく、何もかも最初から作り上げなければならない大変な役割を担っているということを話してくれました。その時私は、ずっとタイラーと生きている彼女の真摯さを受け止め、ただ「わかりました。最善を尽くします」と答えました。

 2007年4月から、病棟での勤務が始まりました。最初は、医師や看護師がどのように協働しているのか、注意深く観察することから始めました。私が入ることで、関係性や治療の流れを妨げないように、まずはベッドサイドで、母親たちから、入院中の子どもたちの兄弟姉妹の世話についてや、医療費について、リラックスできる環境がないことなど、様々な問題点を拾っていきました。そうする中で、週に一度、小さな部屋で、リラックスしながら母親同士で語り合うことができる「お母さんグループ」をスタートさせました。このお母さんグループは、兄弟姉妹の世話や治療を選ぶ不安、経済支援の受け方など、母親同士の情報交換にも活用されています。幸い、この取り組みは今でもとてもうまく機能していて、「自分はひとりではない」と感じられるような絆づくりにつながっています。

 2007年11月、タイラー基金のシャイン・オン!アイドルというチャリティーイベントで、あなたのお父さんであるマークと初めて話しました。正直に言うと、その時私は、担当していた子どもの一人がまさにターミナルで、大きなプレッシャーの中にいました。いつ亡くなってもおかしくない状況だということを医師から告げられていたのです。それでも、医師が「何かあれば、連絡を入れるようにするから」と、私がイベントに出席できるよう促してくれました。精神的にきつい状況にあったけれど、それを隠して、服を着替え、イベントへ出かけて行きました。だけどもマークにあった瞬間、すぐにその時の私の引き裂かれそうな気持を理解してくれていることがわかりました。そして私はキムとマークに、「子どもがターミナルにいるので、もう帰ります」と話し、去りました。それを知りながらも、二人はイベントを成功させました。そしてその日の一週間後に、タイラー基金のシャイン・オン!プログラムに支えられたその子は息を引き取りました。

 今年、タイラー基金での勤務も2年目を迎え、1年目の観察と経験から、小児がんの子どもたちとその家族を支えるプログラムを作り始めました。子どもや家族と接するたびに、密かに思うのです。「タイラー、この輝きかしら?あなたがみんなに伝えたかったことは」と。あなたのご両親だけでなく、シャイン・オン!カウンセリング&サポートプログラムを通じて、たくさんのお友達が、あなたと一緒に生きていきますからね。これからも見守っていて。

たくさんのお友だちとともに



船木聡美